2009年02月01日

馬耳東風

おっとと結婚してすぐに住んだのは、おっとの両親の敷地内の家。

まだおっとが誰と結婚するかもわからない前から、姑の主導で敷地内に家を建てたという。
おっとはまだ建てるな、いつか結婚する時に自分の好きなように間取りを決めたいからやめてくれ、と言ったのに建ててしまったという。

姑が考えた間取りは1階部分は全部駐車場、2階が住まいで南側に4畳半の洋室を挟んで左右に6畳のキッチンとそして20畳程度の和室、北側にトイレとお風呂。
どれもが独立している部屋だったので、とにかく使いにくい。

その家は数年して傾きはじめ、明らかに欠陥住宅だった。
しかし間取りは姑が考え、建てるのは村内の大工さんに頼んだため泣き寝入りしていた。
建てて5年ほどで床に置いたビー玉もゆっくり移動するようになり、生活してて頭がクラクラするようになった。

結局は私達の力で建て替えることになった。
最初はその建物を壊す予定だったが、姑は「もったいない!」と、なんと100万近くかけて場所を移動した。
土台を切り離し、建物だけを移動させたため、ただ土の上に乗っかっているだけの超危険な構造となり、さらに傾いてしまった。

結局その建物は、下が駐車場と2階は4個目の”蔵”となり、「もったない」精神からくる雑多な物置と化している。

今でも姑はその家を"建ててやった"、"建ててやった"、とずーーーーっと言い続けている。
おっとはオレは建てるなって言っただろう、と時々反論しているが、姑には馬耳東風。