2011年04月20日

温度差

震災では私の住む市でも震度6弱。
震災直後ライフラインが止まった。
私の住む市は被災地とも認定された。
いまだに時折震度5クラスの余震が来る。

心配する神奈川の友人から連絡が。
でも、、、心配して電話をくれた割には「へぇ、やっぱり神奈川より被害が大きいんだねぇ」と。

千葉県の都境にある実家は震度5弱。
震災から10日後に予定されていた弟の3回忌は、東京のお寺で法事で銀座で会食。。。

でもガソリンも無いし買えないし、節電で電車の本数もかなり少なくなっている。
それ以上に、震災と余震で疲弊していて、東京まで行く気にはならない。
特に大きい余震があって、家に戻れなかったら、、という心配が大きくて。。。

しかし母は「3回忌で仕方がないでしょ。とにかく何とか来なさい!」
実家では計画停電も実施され、ガソリン不足も食料不足も同じように経験していた。
それでもこちらの状況や気持ちはやはりわからないのか、と驚いた。

「大変だったね。いいよ、無理して来なくても」と言ってくれる弟の声が聞こえたんだけどなぁ。

結局、3回忌までにガソリン不足は解消し、余震も震災直後よりは少なくなって、無事出席できた。
会食後「実家に寄って行きなさい」コールを振り切るのも大変だった。

インターエデュの【東日本大震災に対する関東と関西での温度差】を読んだ。

阪神淡路大震災の時と今と違うこと。
今回は自分が地震と余震とそれが影響を及ぼす生活を体験して、その恐怖や大変さを共有できている。
でも阪神淡路の時は大変だと思ったけど、高速道路の崩壊も着々と増える犠牲者の数もある意味傍観者だった気がする。

未だに元の生活に戻れない各地の被災地の方々の生活は私の想像を超す大変さなのだろう。
そして被災された方々の中でも温度差があるのだろうなぁと思う。
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