2015年06月25日

両親が越してきて1年

両親が越してきてあっと言う間に1年。

最初の頃はパソコンの事で何度もオットが呼び出された。

しばらくすると、随分と落ち着いたよう。
両親ともに電車に1時間以上揺られて、以前住んでいた友人達と会っているみたいだし、父はちょっと離れた場所に市民農園を借りて何やら作っている。

母は週に1回夕飯を作ってくれている。
それだけでもオットは助かるらしい。

もっぱらオットと子供に対応を任せてるので、実の娘なのに両親に会うのは1ヶ月に1回程度。

ただ、たまに来る娘が来たときに、時おり両親には内緒で夕飯を食べに行ったりする。
両親がいると、かなり気を使うからね。

先日も息子たちの学園祭に行きたいと言ってたけど、知らんぷりしちゃった。
気を使って自分達が楽しめないし、すごく疲れるから。
来ても大混雑で疲れた、早く帰りたいと言われても困るし、、

そんな感じでお付き合い中です。

私の生まれ住んだ家もとっくに壊されて、綺麗な家が建ったそうで、寂しい気持ちでいっぱい。
2014年10月07日

なんだかなー

さっき書いたポストを読み直して

・近所にいるのに娘の家に呼んでもらえない

ってどこかで聞いたフレーズ

と思ったら、

昔、姑が「○○さんちは、息子夫婦の家に自由に出入りできるのに、オマエ達は家にも入れてもくれない」って言ってたの思い出した。

だから近くに引越してくるのは反対だったのよね。
距離は近くなるけれど、こっちの気持ちの距離は遠いままなのに。

「かまって攻撃」パワーアップ中!

近所に引っ越して来た両親の「かまって攻撃」が少しずつパワーアップ中!

・近所にいるのに娘の家に呼んでもらえない

・近所の川で魚が釣れる、一緒に魚釣りが出来る日を教えろ

・畑で作った○○が出来たから取りに来い

・父はオットの携帯にちょっとしたことで電話をかけてくる(私が冷たいから)

引越してきても今まで通りにたまーに会う程度、、という約束だったけど、近いから思った以上にオットや息子達は両親の家に行っている。
今まで数か月に1回程度だったのが誰かしら毎週顔を出していたりする。
それでも不満らしい。

とうとう、昨日の夜オットからクレームが。
今日も運転中に私の父から携帯に電話がかかってきた。
出なかったけど、仕事中にもかかって来て困ると。

なので、実家に電話した。
母が出たので「父から電話があったけど、」って言った途端、父に代わってしまった。
母にとりなしてもらおうと思ったのに。
なんでこっちの話を聞いてくれないんだろう。
父と話すと面倒な事になるのに。
もうすでに私はイライラの頂点。

で、父が出て、、
私「オットに電話だったみたいだけど?」
父「メール(ライン)したこと(^^)」

あー、引越したマンションから富士山が見えたってライン来てたっけ。
それを電話してきたのね。。

矢継ぎ早に一方的に話そうとしているので、
「オット君が電話をしないで」って言ってる。って言ったら。。
がちゃん、って電話切られちゃった。

どよーん。
はー、面倒くさー。

私たちの生活がどれだけ忙しいかなんて理解してなくて、、
自分たちの気持ちを押し付けてくる両親がキライ

またしばらくこじれるんだろうな。
2014年07月12日

私の近所に越してキター!

私の強烈な両親。。
将来は面倒を見るよ、って言ってた弟が亡くなって、この先両親はどうするんだろうぅぅぅ、、
とうすうす思っていたら、、、

実家を売り払って、なんと私の近所に引越してきちゃった!

閉鎖的で不便なこの町に、年老いて引越す大変さを言ったものの、聞く耳貸さず。
車がなくちゃ生活できないのに、80近い父が慣れないこの土地で運転する怖さ。

実家の7部屋に溢れていた荷物を、4部屋のそれも収納がほとんどないマンションに持って来ました。
頑張って70代半ばの母が片づけているようです。

中途半端に元気で、娘のアドバイスも聞きいれない。。
ホント面倒なお年頃の方々です。
この先、思いやられます。ε=( ̄。 ̄;)フゥ
2011年08月15日

だまされちゃうよ

弟が面倒みていた実家のパソコン。弟亡きあとは、調子悪いと私に連絡がある。

でも、、
週末は忙しいし、実家の親は面倒だし、パソコンの設定はそんなに詳しくないし、なにより老人にパソコンの説明するのも本当に骨が折れる。
だから、実家からパソコン関係で連絡が来ると最悪な気分になる。

先月、ネットがつながらないと連絡があって1ヶ月。
1回調子をみに行ったけど、私もネットワークは不得意でよくわからない。

ネット調べようにも、ネットが繋がらないし。

まずは父に『電話の子機持ってプロバイダに問い合わせて』と言っても全然やる気なし。

そのくせ『繋がらない』とうるさい。

私が行けば『忙しいのにごめんね、ごめんね』と言うくせに。
全ておんぶに抱っこ状態にしようという魂胆に腹が立つ。

ある日父から連絡が。
電話帳に載っていた、えたいの知れない業者を呼んでパソコンを見てもらったと。

2時間ほど見て業者は『パソコン本体が壊れてる。NECの本体を格安で売ってセットアップしてあげると言った。』と連絡が!

パソコン見てもらうなら、大手の看板背負ったところに頼まなゃダメと口酸っぱく言っていたのに、完璧スルー。
個人情報満載のパソコンを、どこのどいつか判らないヤツに見せるなんて!と、私が怒ると、、

父は『2時間も一生懸命みてくれたんだ。親切そうだし名刺も置いていった』

(゚.゚)ハァ?

うちの親はしっかり者だったはず。

こんな判断も出来なくなってしまったとは。

親切だから、名刺置いていったから、と信用するなんて、自分の親がそうなるとは、唖然とした。

簡単で身近になったパソコン。
でもひとたびトラブルになったら、手に追えない。

昨夜実家に行って色々調べたら、結局はHUBが壊れていただけだった。
ルーターに直付けしたらあっさり繋がった。

やっぱり、件の業者はパソコン売らんかなの胡散臭い業者だった。言うがままにパソコン買ってたって繋がらままだったはず。

昔、祖父が♪たけや〜さおだけ〜♪と巡回していた業者から物干し台を買った。
あれも、老人を狙った詐欺。

たかがステンレスとコンクリートの台で、なんと7万円近く。
ホームセンターなら1万くらいなのに。

父は75歳。母は72歳。
2010年01月02日

弟がいないお正月

昨年の3月に弟が亡くなって、初めてのお正月。

私の実家に、いつも通り弟家族と私の家族が集まった。
お互いの子供たちはとても楽しそうに遊んでいた。

父は孫達と遊び、オットは力仕事の手伝い。
母は食事を用意し、配膳や片付けは弟嫁と私の役目。

いつも通りのお正月。

でも、弟がいない。
いつも、皆が寝ても深夜まで話し込んでいた弟がいない。

ふとしたことで、涙が出そうになる。

弟嫁ちゃんはとっても気丈にふるまっていた。
時折、両親や私の知らない弟の思い出話を楽しそうに話して、意外な弟の一面を知ったり、驚いたり、笑ったり。

私の強烈な両親ゆえ、弟という防波堤がいなくなって、弟嫁ちゃんは私の実家には縁どおくなるのかな、、と思ったけど、今年は弟抜きでも来てくれた。

せめてお正月だけでも、毎年このままだといいなぁと心から願う。

そして弟のいない寂しさを改めて思う。
2006年01月02日

新年早々に

去年のGWに私の実家に、弟家族とうちの家族で泊りがけで遊びに行った。

楽しく過ごした後、家に帰った弟家族が見たものは。。。
空き巣に入られた自宅だった。

盗まれたものは、小学生の姪っ子の下着、体操服、スイムウェア。。。そして写真。
泊りがけで留守なのを良い事に、ゆっくりと物色したらしい。
たんすの引き出しが床に下ろされ、中身がぶちまけられていた。
姪っ子以外の引き出しは、少し開けて全く手付かずだったらしい。

そして床には新品だった白いブラウスにシミが着いて落ちていたそうだ。

テーブルの上のノートパソコンにも、現金には全く手を触れた様子がなかったそうだ。
弟の家の買い物用の手さげに現金が入っていたらしいが、それをわざわざテーブルの上に出し、その手さげに盗んだものを入れて帰ったらしい。

警察も周辺で同様の事件は全くなかったそうだ。ということは、、、
それからは、弟家族は姪っ子の登下校にはとにかく神経質になっていた。

それから半年以上経った今回の元日。
それも年が明けたばかりの午前12時過ぎに、弟の家のお隣から連絡があった。
弟の家の様子が怪しいと。

地元の警察に連絡して見に行ってもらった。
しばらくして、警察から連絡があった。
玄関のガラスが割られているので至急帰ってくるようにと。。。

弟が自宅に帰って目にしたものは、まさしくGWと同じ状況。
そして、GWの時より無駄の無い動きだったそうだ。
目指すものは、もちろん。。。また写真も盗まれていたそうだ。

結局夜が明けて弟嫁も自宅に帰り、家中の片付けに追われた。
どこを触ったか気持ち悪いから、床にばらまかれた服を全部洗濯するそうだ。

本当に気味が悪いし、怖い。
犯人の意図はなんなんだろう。
こんな身近で、気持ち悪い事件があるなんて。。。

2005年11月08日

驚いた!

母の手術の日私も付き添った。

母の病室は9階、手術室は2階。
9階から、看護婦さんと、手術の身支度を終えストレッチャーに寝かされた母と、家族で2階に下りるべくエレベーターに乗った。

8階で止まり、手術に向かうストレッチャーの患者さんご一行様が乗った。
狭いエレベーターに手術に向かうストレッチャーが2台並んだ。
それぞれの思いを持った家族が、狭いエレベータに混在した。
とても不思議な光景で、戸惑った。

7階でまた扉が開いた。
手術に向かうストレッチャーとそのご一行様が待っていたが、もちろん乗れなかった。
5階でまた扉が開いた。
手術に向かうストレッチャーとそのご一行様が待っていたが、もちろん乗れなかった。
3階でまた扉が開いた。
手術に向かうストレッチャーとそのご一行様が待っていたが、もちろん乗れなかった。

2階に到着した。
エレベータを出て右の突き当たりに【手術室】と書かれた扉があった。
なんと、そこを先頭にすでに3台のストレッチャーが呼び出される順番を待っていた。

母と同乗の患者さんのストレッチャーもその列の最後尾についた。
ほどなくすると、エレベータに乗れなかったストレッチャーも続々と到着し、それは長い列になった。

手術室の扉が時々開き、先頭の方から名前を確認された後、吸い込まれるように手術室に入って行き、扉は閉まる。
それが何度となく繰り返され、ようやく母の順番になった。

看護婦さんに聞くと、1日30人近くが手術を受けるらしい。
1ヶ月平日が20日とすると、都内の総合病院のその病院だけで600人近くが手術を受けるのか?
そう考えると世の中には、手術を受ける人が沢山いるのだなぁぁぁととても驚いた。

弟は流れ作業みたいで嫌だなぁと言うが、私は、その病院がそれだけの数をこなしていて、表立ったトラブルも聞いたことがないので、反対に安心に思った。

絶食

実家の母は10月の2週目に入院し、19日に大腸がんの手術の予定だった。

19日の前数日から絶食し、浣腸やら下剤で大腸がんの手術の準備に入ったけれど、直前の検査で胃がんが見つかったため、大腸がんの手術を延期して先に胃がんを内視鏡で取った。

先生が、こんな『出来たて』の状態の胃がんを取るのもめずらしいと言っていたそうだ。
内視鏡のその後2日ほど絶食し、ようやく一度普通食に戻った。

一度自宅に2泊ほど自宅外泊の後再度入院し、大腸がんの手術の準備のためその数日前から絶食と浣腸と下剤、そして手術の後、4日ほど絶食だった。
ようやく昨日から重湯を飲めるようになったらしい。

母は涼しい顔をしているが、食い意地の張っている私なら絶対に無理だ。
絶食が続き、さぞかし母は痩せたかと思いきや、全然痩せてない。
栄養満点の点滴と運動不足のせいらしい。
2005年10月20日

心配なんだろうけど

私の会社は仕事を納期までに仕上げれば、かなり自由だ。
個人の携帯でも通話もメールもおとがめは無い。

それでも私は日頃から夫や娘達からの電話や、ありとあらゆる所からの電話やメールがよく来る方だ。

しっかし、、母が入院してからと言うもの主に父、時々母、それはそれは電話攻撃だ。
席の近い同僚には母がガンだと言ってあるので、大目には見てはくれているだろうけど、その回数はかなりだ。

しっかし、胃がんが見つかっただの、手術が延期になっただの、父の心配は計り知れない。
しばらくは、話相手になるしかないなぁと思う。
2005年10月19日

手術

母は、明日が手術の予定だった。
その前に今日は胃の検査もした。
そうしたら、何と胃がんも見つかった。
担当医は、転移したものじゃない、と言っていたらしい。

つまり大腸がんも胃がんもそれぞれ、独自に出来たということなのだろうか?

本人も家族も明日が手術で、それを乗り切れば!と思っていたのが、
明日の手術は延期になるし、なにより新たに悪い場所が見つかって
家族全員ガッカリムードいっぱいです。
2005年10月17日

健康診断のススメ

はやり、母は大腸がんだった。

前回も書いたが、市の健康診断での検便検査で見つかった。
それも去年は「疑い」だけだったらしく、再検査には行かなかった。

今年ははっきりと「潜血あり」と結果が出た。
かかりつけのお医者さんに再検査を薦められ、「硬かったからそれで出血したのかも」と言って適当にかわそうとしたら、いつもは非常に温厚な先生に怒鳴りつけられたそう。
同じ病院にかかっている友人達が、『その先生が怒鳴った』という話を聞いて、みんな驚いたそうなので、先生も非常事態だと思ったのでしょう。

その後、腸のバリウム検査で3センチ近くのキノコ状の物があるのがわかった。
その後別の病院を紹介してもらい、内視鏡検査をするとやはり大腸がんだと。

手術について先生から説明を受けた。
検便の潜血検査で発見できて、ラッキーだと。
自覚症状が出てからだと、遅いのだそうだ。
ただし、母のも大きくなっており、早期がんではなく『進行がん』とのこと。
たった3センチなのに、前後10センチ腸を切り取ってつなぐらしい。

さらに、今日検査を進めるうちに胆石まで見つかって、手術は同時にするらしい。

いやはや、先日まで『何の病気も無い健康体』で入院したのだが、かなり辛そうだ。
大腸なので検査のために下剤を飲んだり、内視鏡検査だったり、心臓その他もろもろの検査で毎日の検査だけでもかなり負担そうだ。

母は本当は前年に疑いがあるうちに、検査をすれば良かったのだろう。
今回も4月に健康診断をして、再検査まで半年近くも経ってしまった。
あと1年経ってたら、大きくなりすぎて取れなかっただろう、と先生から言われた。
本人が一番驚いているだろうし、父も動揺しているけれど、私はまだ現実味が無い。
2005年10月08日

大腸がん?

どうも、実家の母が大腸に腫瘍があるらしい。
良性か悪性かはこれから詳しい検査でわかるそうだ。

そして大きい事は既にわかっていて、良性悪性どちらにせよ切除することは決まった。
切除する方法はこれから決めるそうだ。

これは、市で行う健康診断での検便検査で潜血が見つかり、再検査してわかったとのこと。
母は全く自覚症状が無かったそうだ。

やはり、健康診断は受けるべきだとつくづく思う。

母はなるようにしかならない、と思っているが、父はうろたえている。
自分を支えるべき夫がナーバスになって困ると母は笑って嘆く。



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